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母からのLINEに、既読をつけたまま2時間返せなかったことがあります。

「お盆はいつ帰ってくるの?」。それだけの、なんでもない一文です。なのに「13日に帰るよ」がすぐに打てない。行けば実家の居間で、出してもらったお茶を一口飲んだあたりで「で、いい人はいないの?」が来る。悪気がゼロなのが分かっているから、言い返す言葉もない。あの少しだけ止まる居間の空気を思い出して、指が止まっていました。

誰にも言えないから、検索窓にだけ打つ。「独身 帰省 つらい」——もし深夜の布団の中でこのページを開いていたら、たぶんあの頃の僕と同じです。

この記事は、帰省を断る口実や、親のかわし方のテクニックの話ではありません。盆と正月のたびに、実家の居間で静かに自分の現在地を突きつけられていた、30代独身の頃の話です。

夜の孤独そのものの話は、別の記事に分けています。
30代独身、夜になると涙が出る。孤独がつらい男は自分だけじゃなかった話

① 「おかえり」の次に来る、「で、いい人は?」

まず、これだけは先に言わせてください。親は、責めていません。

「いい人いないの」も「孫の顔が見たい」も、心配と愛情から出ています。頭では完全に分かっている。それでも刺さるのは、その一言が、自分がずっと見ないようにしていた場所を、まっすぐ指してくるからでした。親は責めていない。答え合わせをしているのは、いつも自分のほうだった。

当時の僕は、新幹線の中で「今年は何て返そう」を考えていました。準備してから入る実家って、なんだか変ですよね。玄関で「おかえり」と言ってもらえる場所なのに、こっちは想定問答を持って入っていく。

あなた

親が悪いわけじゃないって分かってるのに、あの一言でどっと疲れるの、なんなんでしょうね。

ハル

愛情なのが分かるから、怒れないんですよね。怒れないぶん逃げ場がなくて、静かに削られる感じでした。

② 甥っ子の隣で、自分の席がふっと軽くなる

30代も半ばになると、実家の食卓の顔ぶれが変わってきます。

兄夫婦が子供を連れて帰ってきていて、居間は甥っ子と姪っ子の声でにぎやか。母はうれしそうにご飯をよそっている。いい光景なんです。心からそう思う。なのに、その輪の少し外側に自分の席がある気がする瞬間が、ふっと来る。誰かに外されたわけじゃない。ただ、みんなが次の世代の話をしている食卓で、自分だけ時間の進み方が違うように見えた。

甥っ子に「おじちゃんは、なんで一人なの?」と無邪気に聞かれて、大人たちが一瞬だけ言葉に詰まる。祖母が「ほら、みかん食べな」と話を流してくれる。あの半秒の間のほうが、質問そのものより、ずっとこたえました。

ハル

子供に悪気がないのは百も承知なんです。それでも、大人たちの「あ……」っていう半秒の空気は、毎回少しずつ効きました。

③ 「まだいい人いなくて」に返す言葉が、年々うまくなる

親戚が集まると、質問の数も増えます。

「仕事は順調?」の次に、ほぼ必ず「で、結婚は?」が来る。「まだいい人いなくて〜」と笑って返すのは、もう何年もやっているから、正直うまくなりました。角を立てず、深掘りされず、話題を天気やお酒に逃がす。その技術だけが、毎年きれいに上達していく。

途中でトイレに立って、便座の蓋に座ったまま、少しだけスマホを見る時間がありました。何を調べるでもない。ただ3分だけ一人になる。あれは休憩というより、息継ぎに近かったです。

うまく返せた日ほど、帰りの車の中で妙に疲れているんです。笑顔でかわすのは、何も感じていないからじゃない。感じたものに蓋をして、その蓋を落とさないように力を入れているから、疲れる。受け流す技術が上がることと、傷つかなくなることは、別のことでした。

④ つらさの正体は、実家だけ時間が“あの頃”のまま止まっていること

帰省が友人の結婚式とも、普段の夜の寂しさとも少し違うのは、実家には「昔の自分」が置いてあるからだと思います。

二階の自分の部屋は、出ていったときのまま。棚には学生時代の本が並んでいて、母は今でも僕を子供の頃のあだ名で呼ぶ。地元を歩けば、同級生はたいてい家庭を持っていて、子供の手を引いている。実家では時間が“あの頃”のまま止まっていて、そこに今の自分が立つから、進んだぶんと進めなかったぶんの落差が、いっぺんに見えてしまう。実家がつらいんじゃなくて、実家が「答え合わせの場」に見えてしまう状態が、つらい。当時は、そこの区別がついていませんでした。

もしいまこれを、その二階の昔の部屋で、布団にもぐって読んでいる人がいたら。家中が寝静まったあとの実家は、静かすぎますよね。僕も同じ暗さの中で、同じ言葉を検索していました。

あなた

地元に帰ると、自分だけ時間が止まってた気がしてくるんですよね。

ハル

たぶん逆なんです。止まってるのは実家のほうで、こっちは普通に歳を取ってる。その時差にやられるんだと思います。

⑤ 年賀状も、同期の結婚ラッシュも、地続きだった

実家の居間だけじゃなくて、その前後にも小さくこたえる場面が続きます。

正月なら、結婚報告や子供の写真入りの年賀状が届く。SNSを開けば、同期の結婚ラッシュや帰省先の家族写真が流れてくる。年末年始は、既婚の同僚が家庭を理由に休みを取る中で、なんとなく自分に出勤が回ってくることもある。どれも一つひとつは小さくて、いちいち気持ちが沈む自分が心の狭い人間に思えて、また凹む。

でも、あれは全部つながっていました。年賀状も、同期の投稿も、それ自体は誰かの幸せの報告でしかない。ただ僕は、届いたはがきの一枚一枚に、勝手に自分の点数を書き込んでいたんです。年賀状は、ただのはがきでした。疲れていたのは、いつも受け取った側でした。

⑥ 帰省の憂鬱は、動き出す合図にもなった

何度目かの正月だったと思います。実家の居間であの空気を浴びて、帰りの新幹線で「この盆と正月を、あと何回このままやるんだろう」と思ったのが、動き出すきっかけの一つになりました。

焦って動いたというより、憂鬱を毎回見て見ぬふりするのを、やめただけです。親を安心させるためでも、親戚を黙らせるためでもなく、次に帰るとき、自分がもう少し楽な気持ちであの居間に座っていたかった。それだけでした。マリッシュを選んだのは、同じように遠回りしてきた人が多くて、身の丈のまま始められそうだったからです。

次の盆暮れを、少し違う気持ちで座れる日は、たぶん作れます。

⑦ 次の帰省が近づいているあなたへ

親は責めていない。輪の外に感じる席は、あなたのせいじゃない。うまく受け流せた日に疲れるのは、ちゃんと感じている証拠。持って帰るのは、これくらいで充分です。

そして、今年は帰らなかった、という人へ。電話口の「そう……」という声を思い出して、後ろめたさを抱えているかもしれません。帰る・帰らないは、優しさの証明ではありません。どちらを選んでも、責めなくていいです。

帰省から自分の部屋へ戻って、その静けさが逆にこたえるなら、こちらも。
独身が寂しいんじゃない、この生活の景色が寂しいだけだった

友人の結婚式のたびに、同じように削られているなら。
友人の結婚式がつらい30代独身男へ

その寂しさの先に「このまま結婚できないんじゃないか」という不安まで来ているなら。
「結婚できる気がしない」と思う30代男へ

想定問答を準備してからじゃないと入れない実家に、それでも毎年帰っているあなたは、優しい人だと思います。今年帰らなかった人も、帰らなかったことをこうして気にしている時点で、同じです。その優しさは、いつかあなたの側の景色も、少しずつ変えてくれます。

Q. 実家に帰省するのがつらいのは、心が狭いからですか?

心が狭いからではありません。親の心配と、自分の現在地がつらい気持ちは同時に存在するもので、矛盾しません。実家では時間が過去のまま止まって見えるぶん、今の自分との落差を強く感じやすいだけです。同じ悩みは知恵袋などにも多く投稿されていて、30代独身には珍しくない感情です。

Q. 親の「いい人いないの?」に、どう返せばいいですか?

角を立てずに天気やお酒へ話題を逃がす、で充分だと思います。僕も毎年そうしていました。ただ、うまく受け流せた日ほど帰り道で疲れるものなので、「受け流す技術が上がること」と「傷つかなくなること」は別だと知っておくと、自分を責めずに済みます。

Q. つらいなら、帰省しなくてもいいのでしょうか?

心が本当に限界なら、回数を減らす選択もあります。僕自身は、後から「帰ればよかった」と後悔する自分が想像できたので、基本は帰っていました。ただ、帰らないと決めた年の後ろめたさも含めて、どちらを選んでも自分を責めないことが、いちばん大事だと思います。

同じことを職場や飲み会で聞かれる日は、また少し種類が違いました。人前で聞かれたときに、何も言えなかった側の話